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ドボクのすすめ 10

中二階

エスカレーター小説である。

わたしと同じエスカレーター愛好家にとっては、涙なしでは読めないレベルの、エスカレーター偏愛小説である。

この小説のあらすじをご説明するのは難しい。
最初から終わりまで、特に何も起こらないからである。
物語は、語り手が勤め先のロビーの中二階に通じるエスカレーターに1歩足を踏み出すところで始まり、エスカレーターを降り中二階に立つところで、終わる。

時間にしてわずか数十秒のその間に、特別なできごとはない。
代わりにあるのは、靴ひも、ストロー、バンドエイド、などなど、目につくあらゆるモノに対する細かな観察と、そこから展開する思考と回想と、そしてさらにその中に登場するモノへの膨大な註である。
そのミクロな観察が、圧倒的に豊かな小説世界を作り出し、同時にそのモノの発明者や作り手に対する賞賛や驚嘆が、そこには多分に含まれている。

そしてとりわけエスカレーターは、別格で大絶賛だ。
その形の独自性、手すりとステップとの微妙なズレ、手すりを掃除することの合理性と美しさについて。描写をあげればきりがない。

共感しすぎて首が痛い。

私が最も驚いたのは、自分自身すっかり忘れていた「なぜエスカレーターが好きなのか(そしてなぜエレベーターではないのか)」の理由が、子どもの頃の思い出と結びつけて
ここにはっきりと書かれてあったこと、そしてそのあとに「しかしそんなことはどうだっていい」とさらにしっかり書かれてあったことだ。

当コーナー『ドボクのすすめ』で紹介している本の著者の皆さんは、多かれ少なかれなにかに取り憑かれたひとたちである。
私もまたしかり、エスカレーターに取り憑かれている。

「なぜ好きなのですか」と理由をきかれ、その憑かれっぷりに「本当に好きなんですね~」と妙に納得されることは多い。
がしかし当人からしてみると、もともと確かにきっかけはあったが、そんなきっかけなどちっぽけで、気になって取り憑かれて知れば知るほど、新しい喜びや驚きを与えてくれる、そのことのほうが、よほど重要だ。

私が、エスカレーターが好きというのはそういうことで、この小説には、まさしく、そんな日常の驚嘆が、最初から最後まで詰まっているのだった。
涙なくして読めない。


書 名

中二階

著 者

ニコルソン・ベイカー

訳 者

岸本 佐知子

出版社

白水社

発売日

1997年10月

ページ

198

価 格

\998 (税込)



2011-11-21
田村美葉
田村 美葉

1984年生まれ、石川県出身。大学入学を機に上京。以来、主にエスカレーターに乗って浮かれたり、かっこいい橋脚を追って延々と高架下を歩いたりしている。東京エスカレーター主宰、高架橋脚ファンクラブ会長。

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